ロンドンに赴任中だった大学サークルの先輩が帰国することになり、昨日送別会が開催されました。大いに盛り上がり、素晴らしい会でしたが、先輩が学生当時イッキ飲みコールの達人だったこともあり、終盤は周囲の迷惑も顧みずやんややんやと赤ワインイッキ飲みの応酬となりました。会場の「CINNAMON Kitchen」というロンドン中心部のインディアンレストランで外国人から好奇の目で見られたことは言うまでもありません。
さて、イギリスでは送別会のことを「Leaving」というのですが、日本のそれとは全く開催方法が異なっています。Leaveする人、つまり去り行く人が、参加者の呼び掛け、店の選定、そして信じられないことに会における全支払いまで請け負うのが一般的。去り行く人にとってはそれこそ一大出費となり、送別会の主賓である去り行く人が無料となることが多い日本とは大違いです。少し考えてみたのですが、これは恐らく主体をどこに置いているかが違っているためだろうなと。「送別会」、「Leaving」という言葉にも表れていますが、前者はあくまでも送る側が主体であるのに対し、後者は去り行く側が主体。こんなところにも文化の違いが表れると感心したのでした。
因みに誕生日も同様です。誕生日には、誕生日を迎えた人がケーキを買ってきて、皆に振舞うことになっているようです。
へぇ~! 送別会もそうなんですか!!
誕生日については、知り合いから聞いたことがありました。
職場の仲間をランチに誘ってご馳走したとか。
(ついでに、誕生日を迎えた本人は、バースデーランチの後、帰っていいとか。これは職場によりけりなのかしら?)
確かに主体の捉え方の違い、ですね。
でも、この文化の違いはオドロキです。
誕生日も、産まれてきたことを周りに祝ってもらうのではなく、この世に産まれてきたことを、自ら祝い、感謝する。
という事なんですかね。
投稿情報: パッキー | 2009-02-28 02:34
>パッキーさん
そうそう、実は来週50歳の誕生日を迎える同僚のバースデーランチがあるので、それもご紹介しますね。
みんなに誕生日を祝ってもらいたいのは自分だから、自分自身でセッティングする、そういうことなのかなと僕は勝手に思っています。
もちろん家族や恋人からはプレゼントもらったらりディナーをしてもらったりするはずですから。
やっぱり主体をどこに置くかということがポイントですね。
投稿情報: Shibuya | 2009-02-28 20:20